序章

 ときに唱和七十九年。
 陸軍予備学校を首席で卒業したカトー・エ=リコ少尉は、帝国軍の機動巨人兵となり、わずか数週間の短い期間に、連合軍の三カ国を壊滅状態へ追いやるという、華々しい戦果を上げた。
 抹殺した敵兵力は、十五万人を下らないとも言われた。
 不利な形勢は一気に逆転し、破竹の勢いは止まるところを知らなかった。
 エ=リコ少尉は、帝国臣民の期待を一身に背負うこととなった。

 また、その類い希なる美しい容姿は、民衆を熱狂させた。
 後輩である予備学校の生徒たちは、彼女を目標とし、憧れを胸に抱き続けた。
 黒煙と瓦礫の街を行軍する姿は、敵勢力からも美しき鬼神と呼ばれ、今や知らぬ者はなかった。
 連合軍の将校たちさえも、戦線で彼女に出会わぬことを祈るばかりであった。

 しかし戦局は、晴れた日の午後、陸軍予備学校の上空に出現した輸送艇により、劇的な転換を遂げることとなる──。


 01

 午後の教練を行っていた陸軍予備学校の上空に、連合国の輸送艇四機が、プロペラの大音量とともに出現した。
 輸送艇はワイヤで巨大な物体を吊り下げ、限度を超えた大重量により、不安定な飛行を続けていた。
 物体は人間の肌の色をしていた。風に揺れ、長い髪が垂れ下がっていた。
 物体が蠢き、何やら声にならぬ叫びを漏らした。
 それにより、巨大な肉塊が生きていることが分かった。

 物体は──。
 四肢を生え際から切断され、子宮いっぱいに瓦礫と廃棄物を詰め込まれ、膣口をファットマン型不発弾で固く塞がれ…。
 変わり果てた姿となって、連合軍から突き返されようとする、カトー・エ=リコ少尉その人であった。
 舌を抜かれているため、言葉にならぬ嗚咽を漏らすことしかできなかった。
 無惨な、考え得る限り最悪の、連合軍による報復であった。

 それが何であるかを悟った予備学校の生徒たちは、絶望と悲嘆のパニックに陥るしかなかった。
 ワイヤが切断され、校庭に、巨大な重量が投下された。
 地響きがとどろき、衝撃が襲った。
 古い二棟の校舎が半壊し、残った建物の窓ガラスも粉々に砕け散った。
 運の悪い訓練生たちは投げ出され、あるいは瓦礫の下敷きになり、負傷者は数え切れなかった。

 見届けると、連合軍の輸送艇はプロペラ音とともに遠ざかっていった。
 そして残された、絶望的な置きみやげ──。

 巨大な肉達磨が、荒い息をして身悶えしていた。
 長く美しかった手足は失われ、そこに存在していたのは、腹を醜く膨らませ、のた打つことしか出来ぬ、全長二十五メールもある肌色の芋虫であった。


 02

 訓練生の少年たちは、憧れの人の変わり果てた姿に涙した。
 教官たちは、戦局の絶望的な展望に苦悩した。

 速やかに、対策が練られた。
 カトー・エ=リコ少尉によってもたらされた戦果は比類なきものであり、彼女抜きで戦線を維持することなど、考えることは出来ない──。
 機動力は損なわれてしまっていた。
 しかし、失われた四肢の代わりに台車を活用することにより、砲台としてはまだ戦闘可能である。
 そのように、エンジニアたちは主張した。
 恐竜戦車の故事に倣う着想であった。

 決定は下され、エ=リコ少尉の膣口にねじ込まれた不発弾を引き抜き、子宮内の瓦礫を掻き出すことが急務となった。
 帝国の未来は、今や、彼女の再改造のみに託されているのである。

 エ=リコ少尉の脇から上半身には、革製の大がかりなハーネスが装着され、校庭に屹立する国旗掲揚台の根元へと固定された。
 そして不発弾には頑丈なロープが回され、長く延長され、教官、訓練生が総出で引っ張るのであった。

 運動会の綱引きを思わせる光景となった。
 二百名をも数える男たちがロープにすがりつき、足場をしっかりと固め、かけ声とともに威勢良く、渾身の力を込めて引き寄せた。
 彼らの結集された力はただ一点、カトー・エ=リコ少尉の頑丈な女性器にくわえ込まれた、黒々と太った不発弾へと向かうのであった。


 03

 誇り高き帝国軍のエリート巨人兵であったカトー・エ=リコ少尉にとって、この破廉恥極まりない事態を受け入れることは、死ぬよりも遙かに耐え難い辱めであった。
 腹部は臨月の妊婦のように膨れあがり、最大限に拡がった膣口からは、新生児の頭部のように不発弾が顔を覗かせていた。
 腹が視界を遮り、見ることは適わなかったが、隠すことなく開陳された秘部からは、男たちが数珠繋ぎになり、遠くへと連なっていることがわかった。

 かつては完全なる破壊兵器として、虫ケラのようなこびとたちを、ほしいままに殺戮したこの身である。
 しかし今となっては、ただ木偶人形のように巨大な図体で転がり、彼らのあまりに非力な処置に身を任せるしかないのであった。

 生き地獄であった。噛み切ろうにも、舌はすでに切除されてしまっていた。
 喉に仕込まれ、いくつもの都市を焼き尽くした熱線砲は、むなしく空砲を撃ち続け、瞳の殺人ビームも、その効力を失っていた。
 狂うしかなかった。
 しかしそれすらも適わず、ただ横たわり、世にも稀なトルソを衆目に晒し続けるのであった。

 かつての教官たちが、彼女に恋いこがれた後輩たちが、取り巻き、群がり、そして数珠繋がりとなってロープにすがりつき、この手に負えぬ巨大な肉塊に立ち向かおうとしていた。

 綱引きは終わることを知らぬかのように続いた。
 ヴァギナは固く不発弾を握りしめ、微動だにしなかった。
 男たちが総力を結集しても、数センチ引き抜くことさえ適わなかった。
 しかし勇敢な帝国の訓練生たちは、諦めることをしなかった。

 昼夜を問わず、休むことなく、この世紀の綱引きは続行された。
 テントを張り、火を焚き、長い作業に立ち向かった。
 男たちは渾身の力でロープを引き、交代で休憩し、食事を取り、少しだけ酒を飲み、そして眠った。
 女たちは食事を賄い、男たちと、それから巨大な肉塊の世話をした。

 誰もがみな、ただ綱引きのことだけを考えていた。
 それ以外の何物にも、彼らの関心は向かわなかった。