部屋の幅も天井の高さも通常の倍はあるので、鮫島が個室のドアをくぐると、こびとが迷い込んでしまったかのような有様になった。とはいえ鮫島も一八六センチの長身、実業団のバレーチームで活躍したスポーツマンなのだ。
しかし部屋の大きさなどに構っている余裕はなかった。カーテンを閉めて向かい合うと、ただ一心に雄美を見つめるばかりだったのだ。
「身体を見せてくれ……。もっとよく見たいんだ」
真っ直ぐで情熱的な言い方だった。感情を偽ることなど思いもしないタイプの人間なのだろう。
「はい……もちろんです。わたし、コーチに見ていただきたくて、がんばって鍛えました」
鮫島に背を向け、襟首のフックを外すと、長いドレスはするりと腰まで落ちた。肩幅が広く、大きな筋肉の塊が盛り上がった背中が露わになる。横に一本、ブラの紐がなければ男子ビルダーの背中と見分けることは難しいであろう。
ブラもいまではあまり意味がなかった。大胸筋が発達して乳房の脂肪が落ちたので、分厚い胸板が盛り上がった状態だ。外すと、大きめの乳首と乳輪が顔をのぞかせた。
両手で胸を隠し、身体を回らせて鮫島に向かい合った。コーチが異様に興奮して自分を見ているのが、雄美にはわかった。
「て、手を下ろして胸も見せてくれないか?」
鮫島の言葉がうわずっていた。
「はい……」
雄美は軽く目を閉じてうつむき、ゆっくりと腕を下ろした。恥ずかしさと緊張感で胸がどきどきと鳴り止まなかった。
「鬼頭……お前、本当に凄いぞ。驚いたな」
鮫島の言葉が雄美に自信を持たせた。練習のときも試合のときも、つねにそうだったように。
「あ、ありがとうございます。コーチ!」
この身体を気に入ってくれたのだ。雄美はトレーニングの成果をもっと見てもらいたくなった。
「筋肉も、男の人に負けないくらい付きました。見てください!」
といって、雄美は両腕を持ち上げ、ゆっくりと力こぶを作っていった。息を止め、握った拳を引き寄せ、上腕二頭筋に渾身の力を込めた。
「んっ……くううううっ!!」
筋肉が大きく膨れ上がり、パンパンに張りつめる。腕から脇、腹にかけて筋肉の束がひしめいて、圧倒的な上半身の眺めとなった。
次に、いったん力を緩めて両腕を下ろすと、抱え込むようにして身体に引き寄せ、肩から胸の筋肉を浮き上がらせた。その状態で上半身をひねり、右肩を前に大きく突き出す。
玉の汗が肌を覆った。全身にパワーがみなぎり、酔いしれるような感情が沸き上がってきた。ボディビルダーを真似て、ニッコリと微笑んでみた。
「最高だ……。この間までは普通の女子の身体だったのに。まるで別人のようだよ」
鮫島に認められることが何よりも嬉しかった。今度は鍛えた背中も見てもらおう。
雄美は再び背を向けた。両腕を水平に伸ばし、それから前腕を直角に持ち上げる。その姿勢で力を込め、腕を背後に向けて引っ張った。
もりもりと背中の筋肉が膨れ上がり、岩肌の重なりのように複雑な紋様を描き出した。息を止めて、そのままの姿勢を保ち続ける。
「鬼頭、す、すまん……! そんなものを見せられてしまったら、オレは……!!」
背中からがっしりと、鮫島の腕が雄美の身体を抱きしめた。鍛えた腕が、固い胴を捕らえて離さない。