おとなフィクションR40G

肉体の変化や変身などの特殊性癖・性倒錯をテーマとしたアダルト小説

Title: エ=リコ少尉の帰還

物語

帝国軍の巨大殺人兵器へと改造され、敵を思うがままに殲滅してきたエ=リコ少尉が、連合軍の手に落ちてしまった!
やがて少尉は変わり果てた姿となって送り返される。四肢を切断され、子宮には瓦礫を詰め込まれ、その美しかった姿はもはやどこにも残されていないのだった。

回復は不可能であった。しかし帝国軍は彼女を諦めたりはしない。彼女なしで戦線の維持は不可能。
手厚い看護が続けられるうちに、やがて少しずつ、世界が変わり始めてきた。

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 序章

 ときに唱和七十九年。
 陸軍予備学校を首席で卒業したカトー・エ=リコ少尉は、帝国軍の機動巨人兵となり、わずか数週間の短い期間に、連合軍の三カ国を壊滅状態へ追いやるという、華々しい戦果を上げた。
 抹殺した敵兵力は、十五万人を下らないとも言われた。
 不利な形勢は一気に逆転し、破竹の勢いは止まるところを知らなかった。
 エ=リコ少尉は、帝国臣民の期待を一身に背負うこととなった。

 また、その類い希なる美しい容姿は、民衆を熱狂させた。
 後輩である予備学校の生徒たちは、彼女を目標とし、憧れを胸に抱き続けた。
 黒煙と瓦礫の街を行軍する姿は、敵勢力からも美しき鬼神と呼ばれ、今や知らぬ者はなかった。
 連合軍の将校たちさえも、戦線で彼女に出会わぬことを祈るばかりであった。

 しかし戦局は、晴れた日の午後、陸軍予備学校の上空に出現した輸送艇により、劇的な転換を遂げることとなる──。


 01

 午後の教練を行っていた陸軍予備学校の上空に、連合国の輸送艇四機が、プロペラの大音量とともに出現した。
 輸送艇はワイヤで巨大な物体を吊り下げ、限度を超えた大重量により、不安定な飛行を続けていた。
 物体は人間の肌の色をしていた。風に揺れ、長い髪が垂れ下がっていた。
 物体が蠢き、何やら声にならぬ叫びを漏らした。
 それにより、巨大な肉塊が生きていることが分かった。

 物体は──。
 四肢を生え際から切断され、子宮いっぱいに瓦礫と廃棄物を詰め込まれ、膣口をファットマン型不発弾で固く塞がれ…。
 変わり果てた姿となって、連合軍から突き返されようとする、カトー・エ=リコ少尉その人であった。
 舌を抜かれているため、言葉にならぬ嗚咽を漏らすことしかできなかった。
 無惨な、考え得る限り最悪の、連合軍による報復であった。

 それが何であるかを悟った予備学校の生徒たちは、絶望と悲嘆のパニックに陥るしかなかった。
 ワイヤが切断され、校庭に、巨大な重量が投下された。
 地響きがとどろき、衝撃が襲った。
 古い二棟の校舎が半壊し、残った建物の窓ガラスも粉々に砕け散った。
 運の悪い訓練生たちは投げ出され、あるいは瓦礫の下敷きになり、負傷者は数え切れなかった。

 見届けると、連合軍の輸送艇はプロペラ音とともに遠ざかっていった。
 そして残された、絶望的な置きみやげ──。

 巨大な肉達磨が、荒い息をして身悶えしていた。
 長く美しかった手足は失われ、そこに存在していたのは、腹を醜く膨らませ、のた打つことしか出来ぬ、全長二十五メールもある肌色の芋虫であった。


 02

 訓練生の少年たちは、憧れの人の変わり果てた姿に涙した。
 教官たちは、戦局の絶望的な展望に苦悩した。

 速やかに、対策が練られた。
 カトー・エ=リコ少尉によってもたらされた戦果は比類なきものであり、彼女抜きで戦線を維持することなど、考えることは出来ない──。
 機動力は損なわれてしまっていた。
 しかし、失われた四肢の代わりに台車を活用することにより、砲台としてはまだ戦闘可能である。
 そのように、エンジニアたちは主張した。
 恐竜戦車の故事に倣う着想であった。

 決定は下され、エ=リコ少尉の膣口にねじ込まれた不発弾を引き抜き、子宮内の瓦礫を掻き出すことが急務となった。
 帝国の未来は、今や、彼女の再改造のみに託されているのである。

 エ=リコ少尉の脇から上半身には、革製の大がかりなハーネスが装着され、校庭に屹立する国旗掲揚台の根元へと固定された。
 そして不発弾には頑丈なロープが回され、長く延長され、教官、訓練生が総出で引っ張るのであった。

 運動会の綱引きを思わせる光景となった。
 二百名をも数える男たちがロープにすがりつき、足場をしっかりと固め、かけ声とともに威勢良く、渾身の力を込めて引き寄せた。
 彼らの結集された力はただ一点、カトー・エ=リコ少尉の頑丈な女性器にくわえ込まれた、黒々と太った不発弾へと向かうのであった。


 03

 誇り高き帝国軍のエリート巨人兵であったカトー・エ=リコ少尉にとって、この破廉恥極まりない事態を受け入れることは、死ぬよりも遙かに耐え難い辱めであった。
 腹部は臨月の妊婦のように膨れあがり、最大限に拡がった膣口からは、新生児の頭部のように不発弾が顔を覗かせていた。
 腹が視界を遮り、見ることは適わなかったが、隠すことなく開陳された秘部からは、男たちが数珠繋ぎになり、遠くへと連なっていることがわかった。

 かつては完全なる破壊兵器として、虫ケラのようなこびとたちを、ほしいままに殺戮したこの身である。
 しかし今となっては、ただ木偶人形のように巨大な図体で転がり、彼らのあまりに非力な処置に身を任せるしかないのであった。

 生き地獄であった。噛み切ろうにも、舌はすでに切除されてしまっていた。
 喉に仕込まれ、いくつもの都市を焼き尽くした熱線砲は、むなしく空砲を撃ち続け、瞳の殺人ビームも、その効力を失っていた。
 狂うしかなかった。
 しかしそれすらも適わず、ただ横たわり、世にも稀なトルソを衆目に晒し続けるのであった。

 かつての教官たちが、彼女に恋いこがれた後輩たちが、取り巻き、群がり、そして数珠繋がりとなってロープにすがりつき、この手に負えぬ巨大な肉塊に立ち向かおうとしていた。

 綱引きは終わることを知らぬかのように続いた。
 ヴァギナは固く不発弾を握りしめ、微動だにしなかった。
 男たちが総力を結集しても、数センチ引き抜くことさえ適わなかった。
 しかし勇敢な帝国の訓練生たちは、諦めることをしなかった。

 昼夜を問わず、休むことなく、この世紀の綱引きは続行された。
 テントを張り、火を焚き、長い作業に立ち向かった。
 男たちは渾身の力でロープを引き、交代で休憩し、食事を取り、少しだけ酒を飲み、そして眠った。
 女たちは食事を賄い、男たちと、それから巨大な肉塊の世話をした。

 誰もがみな、ただ綱引きのことだけを考えていた。
 それ以外の何物にも、彼らの関心は向かわなかった。


  

 04

 軍楽隊の奏者によるトランペットの高らかな響きにより、カトー・エ=リコ少尉は目を覚ました。
 投下されてから、すでに三日が過ぎていた。
 依然として、芋虫の姿で予備学校の校庭へと横たわっていた。

 トランペットに続き、小太鼓、大太鼓、シンバルの打楽器が打ち鳴らされ、エ=リコ少尉は、セレモニーが始まろうとしていることを知った。
 肩口に梯子がかけられ、誰かがそれを登ってくるのが分かった。

 ト=キオ訓練生であった。
 一糸纏わぬ裸身で、年若い士官候補生は最敬礼をしていた。
 凛々しくも引き締まった顔で、憧れを秘め、エ=リコ少尉をまっすぐに見つめていた。
 あたかも、五月の風が舞い降りたかのような立ち姿であった。

 生涯にただ一度、エ=リコ少尉が恋慕の情を抱いたことがあったとすれば、その相手こそ、五年後輩にあたるこの少年兵であったに違いない。
 エ=リコ少尉は予備学校の最上級生時に、他の誰にも考えつかぬ過酷なプログラムを用意し、後輩たちの指導を担当した。
 幼さを残す少年兵たちにとって、彼女は容赦ない女教師であり、姉であり、そして母であった。
 そして、常に最後まで音を上げずに耐えたのが、ト=キオ訓練生であったのだ。
 厳しい師弟関係にあったとはいえ、この両者の間に、特別の絆が結ばれていたことは、想像に難くない。

 ト=キオ訓練生の降り注ぐ崇拝のまなざしは、何ひとつ変わるところがなかった。
 師弟の、感動の再会であった。
 だが、エ=リコ少尉はここでもまた、信じられぬ裏切りに見舞われるのである。


 05

 カトー・エ=リコ少尉は、口いっぱいに満たされていく己の唾液に、ただ驚愕していた。
 空腹を憶えていた。この三日、何も口にしていなかった。
 意に反して、喉がゴロゴロと鳴った。
 眼を瞠り、ひたすらト=キオ訓練生を見つめることしかできなかった。
 少年兵は最敬礼の姿勢を崩さず、涼しく微笑み、身体に塗られた甘味油の香りを漂わせていた。

 巨人兵の主食は、ヒトなのである。
 そのように、身体の組織もまた作り替えられていた。
 しかしこの相手は、憎き敵軍の兵士、人民などではない。
 誰よりも愛し、そして志を同じくする愛弟子なのである。

 だが、いかに意志強固なエリート軍人とはいえ、改変された本能には抗いがたかった。
 エ=リコ少尉は、溺れた者が酸素を求めるように、切なく口を開き、息を喘がせ、餌を乞い求め始めた。
 兵站部隊のメンバーは、その瞬間を見逃さなかった。
 用意された特大のフェイス・クラッチ・マスクがエ=リコ少尉の顔を覆い、開かれた口はそのままの状態で、鋼鉄の丸い輪の奥に固定されてしまったのである。

 もはやエ=リコ少尉に選択肢は残されていなかった。
 愛らしい少年兵は迷わず輪をくぐり、視界から姿を消してしまった。

 口の中に甘い食感が拡がった。
 絶望の思いにとらわれながらも、沸き起こる不随意筋の脈動を止めることは出来なかった。
 ゴクゴクと喉が鳴り、唾液が溢れ、食道から胃に至る消化器官たちは、飢えに身悶えをしていた。
 喉を押し広げる固形物の量感に、全身が満足の叫びを上げ始めた。

 息つく間もなく、それは食道を流れ落ち、胃の中へと消えていった。
 先刻まで自分を見つめていた少年が、身体の中にいることが信じられなかった。
 その気配すら、もはや確認することが出来ない。

 はらはらと、涙が目尻を伝うのに任せるしかなかった。
 見開かれた瞳は空の一点に固定され、しかし何ひとつ見ることが出来なかった。
 激しい喪失感に、心が引き裂かれそうであった。
 しかし胃の奥から、そして口蓋に残った芳しい香りから、満たされた食欲は歓喜の凱歌を奏で続けるのである…。

 開かれた口元へと、少年たちの行列が出来ていた。
 見知った顔ばかりであった。
 誇らしい後輩、教え子たち。
 目を閉ざし、一切を己の知らぬこととして、心を閉ざしてしまいたかった。
 しかしエ=リコ少尉は、見届けることこそが、責務であると知るのである。

 軍楽隊のトランペットは、いっそう激しく鳴り響いた。
 時折、クラッカーの破裂音がそれに混じり、それから、盛大な拍手。
 勇敢な志願兵たちの名を連呼する声。

 日が高くなっていた。
 綱引きは、今日もまた続くのである。


 06

 海兵部隊と空挺部隊、そして補給部隊からも、援軍が呼ばれた。
 山奥の村の、数少ない近隣住民たちも、応援に駆けつけていた。
 農家からは米と食料が供出され、村の男たちは兵隊に混じって綱引きに加わり、女たちは炊き出しを手伝い、小学校に通う子供たちからは、千羽鶴と寄せ書きが贈られた。

 村祭りを思わせる、小さな祭事のようであった。
 ホイッスルとかけ声、それに合わせて応援旗が振られた。
 鼓笛隊は吹奏楽を奏でた。
 やがて櫓が組まれ、力自慢の村男たちによる大太鼓も加わった。
 火消し組が高い梯子に登り、芸を披露し、疲れた男たちを癒した。

 カトー・エ=リコ少尉もまた、少しずつ落ち着きを取り戻し、人々の助力に身を任すことを覚え始めていた。
 不思議な一体感の中心に横たわり、眠り、目覚め、食事を取り、そして排泄をするという日常に慣れていった。

 エ=リコ少尉の肉体のケアを担当したのは、主に女子挺身隊たちによるメンバーであった。
 彼女たちにとってエ=リコ少尉は、このような事態でもなければ、話しかけることも許されず、風上に立つことさえ憚られる存在である。
 だが他の誰よりも、エ=リコ少尉の損なわれた肉体を愛おしみ、語りかけ、そして飾り立てたのは、彼女たちであった。

 長い髪は何度も櫛を通され、つややかに、美しく蘇った。
 花で編んだ輪によって飾り立てられ、幼女がお気に入りの人形を愛するように、手入れをされた。
 肌は香料の入った水で清められ、磨き上げられていった。

 そして、年若い乙女たちがことさら愛したのは、損なわれた手足の切断面に作られつつある肉芽であった。
 血は洗い流され、やがてかさぶたも落ち、柔らかいピンク色の肌が傷口を覆った。
 乙女たちは頬を寄せ、赤子の肌のような感触を楽しみことを競った。

 エ=リコ少尉の周囲には色とりどりの花が植えられ、日に二度水が撒かれ、やがてそれは大がかりな花壇へとなっていった。
 そして乙女たちは唄った。
 幼児舎で、誰もが習う愛唱歌であった。

 誰もが、ひととき力仕事の手を休め、歌声に聞き入った。
 子供たちが幼い声を唄に合わせた。
 犬さえも身を伏せ、一声、遠く長く吠えた。

  

 07

 従軍記者のケ=ンジは、偵察艇の底からカメラのファインダーを覗き込み、眼下の光景に目を奪われていた。

 まさしく、不具の美神であった。
 何重にも拡がった花壇の中心に据えられ、白く輝く肌と、夢見るような貌をした女神が、ケ=ンジの乗る偵察艇を見上げていた。
 口元が小さく動き、唄っているようにも、囁いているようにも見えた。

 自分の目を疑うしかなかった。
 これが、恐るべき殺戮兵器と呼ばれた、帝国軍の巨人兵なのだろうか──。

 微笑み、ケ=ンジたちを誘うような表情をしていた。
 地上まで約百三十メートル。
 しかしその距離は、もはやどこにも存在していなかった。
 一歩踏み出しさえすれば、美しく夢のような大地に降り立てるような気がした。
 柔らかな胸元に抱かれ、口づけで祝福されることが約束されている…。

 腕をつかまれ、ケ=ンジは我に返った。
 副操縦士が硬い表情で見下ろしていた。
 首を何度か横に振り、足下を指さした。
 不注意にも、非常用ハッチから足を踏み外そうとしていた。
 冷や汗が流れた。

 注意深く、もう一度眼下を見下ろした。
 この世の存在とは思われぬ、信じがたい女神が、やはりそこにいる。
 人間の何倍もある、大きな女だった。
 手足は損なわれ、腹は大きく膨れてはいたが、美しかった。

 震える手で、カメラのシャッターを切った。
 そして、もう一度。もう一度…。
 奇跡の姿を、目蓋に焼き付けようとするかのようであった。


 08

 数え切れぬ人々が、同じ場所に向かい、列をなして歩いていた。
 それはパレードのように、どこまでも、どこまでも続いていた。
 小さな丘を越え、谷を越え、川を越え、そして遠くの山を越え、やがて海をも越えて、人々はひたすら目的地を目指した。
 歩き、馬車に乗り、何日分もの荷物を担ぎ、男たちが、女たちが、老人が、若者が、子供が、行進を続けた。

 あらゆる人々がいた。
 店をたたんだ老夫婦、出張中の銀行員、野心溢れる旅行家、財をなした実業家、噂を聞いた近隣諸国の貴族たち、召使い、飼い犬と世話係、十二年前に国を離れた放蕩息子、吝嗇家、傷痍軍人、掏摸、禁治産者、養殖魚の仲買人、アコーディオン奏者、童話作家、マイナーリーグのリーディングヒッター、寄席芸人、寡婦、老賢者、タイピストの若い娘とその弟、デイ・トレーダー、港湾労働者の親方と作業員たち、ファッションモデルの見習い、コレクター、ゲイ・レズビアン、コミュニスト、誘拐犯、侏儒、スパゲッティ早食い大会のチャンピオン、イルカ・ショーのトレーナー、漆塗り職人、学級委員に選ばれた優等生、マグロ漁船の船長、近衛兵、生き別れの双子、按摩師。
 靴を鳴らす少女と、ブリキの人形と、案山子と、ライオンのように、誰もがその場所に向かって旅を続けた。

 ときおり、脇に挟んだ新聞を拡げ、一面に掲載された写真を眺める者がいた。
 写真を切り抜き、大切に額装して持ち歩く老婆もいた。

 若い男たちは道を離れ、写真を取り出しては、何度も自慰行為のために使った。
 顔を眺めながら射精し、見事な曲線の乳房で射精し、膨らんだ腹部で射精し、損なわれた手足の切断面で射精し、人間を何人も食べたという口元を見て射精し、いくつもの都市を焼き尽くしたという瞳を見ては射精した。
 そして目を閉じて射精し、再び顔を眺めて射精した。

 街道にはところどころに休憩所が作られ、やがてそれは宿場町になった。
 旅人たちは疲れを癒し、食事を取り、そしてときどき荷物を盗まれた。
 大道芸人たちは路銀を稼ぎ、ホットドッグ売りは数え切れぬほどのホットドッグとコークを売りさばいた。
 酒飲みたちは喧嘩をし、娼婦たちは客に不自由しなかった。

 幾日もとぎれることなく、パレードは続いた。
 目指すのは、陸軍予備学校があるという、山奥の小さな村。
 そして、横たわる不具の美神。

 連合軍の元兵士たちもいた。
 家を焼かれた民衆もいた。
 しかし今は、誰もがみな、同じ場所へと向かっていた。

  

 終章

 亭主を亡くして三十七年になる農婦、ダ・ンギ=タエは、少女時代の徒競走で三等賞を取って以来最大の幸運に見舞われ、この上なく忙しく立ち働く毎日を送ることとなった。
 半径七キロ以内に誰も住まぬというこの辺鄙な土地の農道を、来る日も、来る日も、数え切れぬほどの旅行者が通るようになり、裏のやせ細った畑から採れる貧相な玉蜀黍を焼いて醤油を塗っただけの代物でさえ、飛ぶように売れたのである。

 四十二年前の婚姻手続きで村役場を訪れた際に、初めてテレビとその不信心な娯楽番組を目撃したときから忌み嫌い、異教徒に対するような憎しみを抱くこの太った老婆は、当然のように、世界で何が起きているのか知る由がなかった。また、知りたいとも思わなかった。
 借金を残したまま、泥酔して農水道で溺れ死んだ亭主と、地主の娘を孕ませて雲隠れした一人息子とを、この二十三年間欠かすことなく朝に夕に呪ってきたので、ようやくその願いが、天上の神らしきものに聞き届けられたとばかり思いこみ、まさに有頂天であったのだ。
 もちろん日頃付き合う人物もおらず、米の一粒を囓る野生の栗鼠さえ敵視するような老婆であったので、何が起きているのか教えようとする者は誰一人いなかった。

 最初はものを売りつけようという知恵はなかった。
 しかしある日、敵討ちのような形相で自分の畑を耕すンギ=タエに道を訊ねる者が現れた。三ヶ月前、隣村に住むやぶにらみの井戸掘り職人と話して以来の、他人との会話であったので、少しばかりこの老婆も気前が良くなっていたのだろう。夕べの喰い残しの煮物から、芋と人参の切れ端をすくって恵んでやったのであった。
 ンギ=タエは、このときのことを何度も思い返しては、臓腑が煮えくりかえる思いに苛まれた。見返りなしに食事を与えてしまったことを、後悔し続けていた。

 明くる日、訪れる旅行者は二名となり、次の日には十名、やがて、腹を空かした病犬でさえ避けて通るといわれるンギ=タエの掘っ立て小屋の前の農道を、来る日も、来る日も、人の行列が途絶えることなく、旅するようになったのである。
 腹に入るものであるなら、それが何であっても売れ、何人かは、この猜疑心に凝り固まった老婆に感謝の言葉さえ残していった。ンギ=タエは慎重に値をつり上げ、玉蜀黍に塗る醤油に水を混ぜて薄め、それでもやはり、気前のいい旅行者たちは途絶えることがなかった。

 魯鈍で頑固な老婆が、己の六十一年間に及ぶ生涯の正しさを確信したとしても、何ら不思議ではない。
 ンギ=タエは、土俗信仰と誤った知識から独自に作り上げた儀式に捧げるサークルダンスを、朝夕によりいっそう激しく踊ることに熱中し、そして忘れることなく、死んだ亭主と家を出た息子、それからタダ飯を喰っていったあの旅行者への呪詛の言葉を吐き散らして、一日の眠りにつくのであった。

 掘っ立て小屋に辛うじて店と分かる程度の改装を加え、頭の弱い村の娘を安い賃金で呼び子として雇い、途絶えることのない旅行者たちに、六十一年の人生で得た教訓と成功談を語り聞かせながら、しなびた玉蜀黍と薄い芋のスープを売りつけて、ンギ=タエは、これまでの生涯で手にしたことのない小銭を貯め込むことが出来た。
 しかしそれでも、この太って浅黒く、大型犬のように鈍い目をした老婆は、生活習慣を変えることを是としなかった。貯め込んだ小銭は必要以上に使わず、祖母の代から使っていたという壺に入れ、それが一杯になると、ひとつずつ、床を外した地下室をさらに掘り返して埋めていったのである。

 だが、ンギ=タエと言えどもやはり人の子、ついおだてられ、口車に乗せられ、余計な買い物をしてしまうこともある。
 老婆は太った巨体に似合わぬ小さなベッドの粗末なシーツに腰を下ろし、けばけばしい色で塗られたボール紙の箱を膝に置き、ひとつ溜息をついた。これを売りつけた物売りの口の上手さときたら、さすがのンギ=タエも、最後には首を縦に振るしかなかったのである。

 都会で流行っており、貴族の奥方から映画スター、女実業家、それから教会のシスターたちまで、今やこれを使わぬ女などどこにもいないとの売り口上。そして、亭主でさえただの一度も口にしなかったンギ=タエの女としての魅力など、旅の物売りは老婆が口を挟む隙を一切与えずに並べ立て、最後には定価の二割引を持ちかけたのである。
 もちろん、これまでに四十六回ほど物売りの口上を思い出してはひとり罵ったのだが、しかしこの買い物は、正直なところそれほど不満ではなかった。
 ンギ=タエは箱の蓋を開き、百十七年ぶりに笑った意地の悪い魔女のような笑みを浮かべた。この老婆は笑うことなど滅多になかったので、見た者がぞっとするような形相となっていた。しかし疑うことなく、それはンギ=タエの喜びの表現だったのである。

 安っぽい化粧箱の中には、極太の黒々としたバイブレーターが入っていた。
 サイズは赤子の頭を一回り小さくしたほどもあるのだが、これが今や、既婚婦人たちの間では必需品となって持て囃されていたのである。
 ンギ=タエは太った身体を横たえ、ベッドをギシギシと鳴らしながら、寝間着を捲り上げて下半身を剥き出しにした。丸太のような両脚を大きく開き、突き出た腹でよく見えないヴァギナを探り当て、ミサイルの形をしたバイブを両手でがっしりと掴み、ふんぬ、と一声上げて付き入れていった。
 亭主と死に別れて以来三十七年間、一度も男には縁がなかった。亭主との時も、いつも相手は飲んだくれており、四つん這いにされて尻だけ突き出した格好を取らされ、家畜を扱うように怒鳴られながら、短いセックスをしただけだった。

 亭主との屈辱的なセックスを思い出したンギ=タエはカッと頭に血が上り、鬼の形相になってギリギリと歯を食いしばりながら、太い両腕に渾身の力を込めてバイブを奥へとぶち込んだ。
 ふごっ…と、豚が屠殺されるときのような声をあげ、次に野太い叫びを何度も繰り返して、老婆は身を捩った。巨体にベッドは壊れそうな悲鳴を上げ、グラグラと粗末な掘っ立て小屋が揺れた。コードでつながれたスイッチを捻ると、不気味な重低音を響かせながら、不発弾は老婆の膣内で不規則にのた打ち、ンギ=タエの肥えた身体に負けぬ勢いで暴れまくった。
 浅黒く肥え太った肉塊は、ベッドの上で痙攣のようなおかしなダンスを繰り返し、地の底から響くような呻き声を何度も上げ、吠えた。間抜けな獣じみた雄叫びは、人里離れた農地の遠くまで届き、聞いた者を残らず不幸に陥れそうなエクスタシーを長々とアピールしたのだが、幸いなことに誰一人それを耳にした者はなかった。

 荒い息をつき、たっぷりとした贅肉を波打たせて、ンギ=タエはベッドに身を横たえていた。
 全身が汗まみれであったが、悪い心地ではなかった。
 軽く目を閉じ、口元も微かにゆるみ、安堵の表情を浮かべていた。生まれ落ちてから六十一年間、絶えることなく怒り続けてきた人間が、初めて安らいだとでもいうような、穏やかな寝顔であった。

 シーツの上には、引き抜かれたバイブレーターが転がっていた。
 黒々と太った不発弾の形をして、びっしょりと老婆の愛液に濡れていた。
 それはまだ暖かく、そしてゆらゆらと、白い湯気を立ち上らせるのであった。


エ=リコ少尉の帰還〈完〉

  

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